目次
概要
複数の抵当権者がいる抵当権を「準共有抵当権」という。
そもそも、数人の債権者が独立に数個の債権を有している場合に1個の抵当権を設定することはできない。
すなわち、準共有抵当権は原始的に成立せず、後発的にのみ成立する。
後発的に準共有抵当権が成立する場合とは、例えば①抵当権者に相続が発生した場合や、②抵当権の被担保債権の一部が譲渡されたり、弁済されたりした場合である。
実務では抵当権者が自然人であることは稀である。また、自然人たる抵当権者に相続が発生した後、相続人の一部のみに被担保債権が弁済される事態は想定しづらい。
そのため、実務上問題となるのは主に②の場合である。
抵当権一部移転登記
例えば、債権額3,000万円の抵当権が設定されていたところ、債務者の保証人が被担保債権の一部である2,000万円を代位弁済した場合、抵当権は債権者と保証人の準共有となる。この場合は抵当権一部移転登記をすることができる。
登記の目的 抵当権一部移転
原 因 年月日一部代位弁済
代位弁済額 金2,000万円
権 利 者 代位弁済をした保証人
義 務 者 債権者たる抵当権者
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
なお、抵当権の被担保債権が一部譲渡された場合も同様に、登記原因を「債権一部譲渡」とする抵当権一部移転登記を申請する。
抵当権変更登記
そして、かかる抵当権一部移転登記がなされた後、債務者が債権者又は保証人に対し、各々に対する債務全部を弁済した場合は被担保債権の一部弁済に基づく抵当権変更登記をする。
登記の目的 抵当権変更
原 因 年月日〇〇の債権弁済 ※〇〇には弁済を受けた者の名称が入る。
変更後の事項
債権額 金△△円 ※一部弁済後の被担保債権額
権利者 所有者
義務者 弁済を受けた抵当権者
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
注意すべきは抵当権一部移転の抹消登記ではなく、債権額の変更登記を申請する点である。
これに対し、元本が確定した準共有根抵当権の根抵当権者の一人に弁済した場合には根抵当権一部移転抹消登記又は根抵当権者を〇〇とする変更登記を申請する。
この相違の発生は、抵当権は被担保債権及びその利息等二年分しか担保しないのに対して、根抵当権は被担保債権を極度額まで担保することに起因する。
弁済と解除
準共有抵当権の抹消登記においては抵当権者がどのような登記原因に基づく抵当権解除証書を発行するかで登記申請内容が大きく変わる。
まず、先の事例、すなわち準共有抵当権の一方の被担保債権が弁済され、他方の抵当権が解除された場合の具体例を検討する。
事案
- AとB が抵当権を準共有している
- 持分は各々2分の1
- 平成10年7月1日付で債務者がA の債権全額を弁済した
- 平成20年7月1日付でBが抵当権を解除した
この事案では1件目に抵当権変更登記を、2件目に抵当権抹消登記を申請する。
抵当権変更登記
登記の目的 抵当権変更
原 因 平成10年7月1日Aの債権弁済
変更後の事項
債権額 金△円
権 利 者 所有者
義 務 者 A
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
登記義務者はAのみであり、登記原因証明情報はAのみ作成する。
登記原因証明情報はA作成の弁済証書又は報告書形式の登記原因証明情報である。
抵当権抹消登記
登記の目的 抵当権抹消
原 因 平成20年7月1日解除
権 利 者 所有者
義 務 者 B
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
登記義務者はBのみであり、登記原因証明情報はBのみ作成する。
登記原因証明情報はB作成の抵当権解除証書又は報告書形式の登記原因証明情報である。
問題の所在
結論だけみると当然に如く思われるが、実は実務上根深い問題をはらんでいる。すなわち、実務では上記の抵当権抹消登記を1件で済ますことができないかを検討する必要がある。
1件の登記申請で済ませるには上記の事例ではA及びBに同一日付で抵当権を解除した旨の抵当権解除証書を発行してもらう方法が考えられる。この場合の登記申請書は次のとおりである。
登記の目的 抵当権抹消
原 因 年月日解除
権 利 者 所有者
義 務 者 A B
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
しかし、A及びBが大規模な会社であれば同一日付で抵当権を解除した旨の抵当権解除証書を発行してもらうのは意外と難しい。
抵当権解除
次に別の日付でA及びBが抵当権設定契約を解除した場合を検討する。なお、この事案は検討事案であり、実際登記を申請したものではない。
- A及びBが抵当権を準共有している
- 持分は各々2分の1
- 平成10年7月1日付でAが抵当権を解除した
- 平成20年7月1日付でBが抵当権を解除した
この事案では1件の抵当権抹消登記を申請すると考えられる。
登記の目的 抵当権抹消
原 因 平成20年7月1日解除
権 利 者 所有者
義 務 者 A B
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
この事例ではAのみが解除した時点(平成10年7月1日)では解除権の不可分性により抵当権消滅という物権変動が起きていないと解される。
そのため、A及びBの解除が成立した時点(平成20年7月1日)で解除が成立し、抵当権が消滅したと考えられる。
抵当権放棄
最後にA及びBが抵当権を放棄した場合を検討する。なお、この事案も検討事案であり、実際登記を申請したものではない。
- A及びBが抵当権を準共有している
- 持分は各々2分の1
- 平成10年7月1日付でAが抵当権を放棄した
- 平成20年7月1日付でBが抵当権を放棄した
この事案では抵当権移転登記と抵当権抹消登記を申請すると考えられる。
1件目
登記の目的 抵当権A持分移転
原 因 平成10年7月1日抵当権持分放棄
権 利 者 B
義 務 者 A
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
2件目
登記の目的 抵当権抹消
原 因 平成20年7月1日放棄
権 利 者 所有者
義 務 者 B
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
判決による登記
抵当権抹消登記において登記原因を「放棄」で申請することは稀である。
抵当権の放棄は例えば自然人が抵当権者である古い抵当権を抹消する場合に便利である。
すなわち、抵当権者の相続人である一人が抵当権抹消登記手続きに非協力の場合にはかかる相続人を相手に抵当権抹消登記手続請求訴訟を提起することになるが、その前提として協力が得られる相続人に抵当権放棄証書をもらうと、非協力の相続人にのみ訴訟を提起すればよいと考えられる。
代位による登記
抵当権持分放棄に基づく抵当権A持分移転登記をBの委任なしに申請するには代位による登記が考えられる。
登記の目的 抵当権A持分移転
原 因 平成10年7月1日抵当権持分放棄
権利者(被代位者) B
代位者 所有者
代位原因 平成20年7月1日判決の抵当権抹消登記請求権
義 務 者 A
不動産の表示
対象登記の順位番号 1番
代位原因証明情報としてはBの抵当権が消滅したことを証する判決謄本(確定証明書付)である。