インボイス制度と士業

消費税の基礎

インボイス制度は消費税に関連する制度である。そこで、インボイス制度の前に消費税を説明する。消費税とは商品の販売やサービスの提供などの取引に対して課される間接税である。

間接税とは担税者と納税義務者が異なる税金である。なお、担税者と納税義務者が同じである税金は直接税である。

担税者とは税金を負担する者である。これに対し、納税義務者とは税金を納める義務がある者である。

間接税は、納税義務者が担税者から税金を預かり、担税者に代わって納税するという過程を経る。そして、担税者に代わって消費税を納税する義務を負うものを課税事業者という。しかし、小規模な企業は消費税を納税する義務が免除されている。消費税を納税する義務が免除される者を免税事業者という。個人事業主の場合、おおまかにいうと年間売上が1,000万円以下であれば免税事業者となる。

担税者 税金を負担する者
納税義務者 税金を納める義務のある者
直接税 担税者と納税者が同じである税金
間接税 担税者と納税者が異なる税金
課税事業者 消費税を納付する義務がある者
免税事業者 消費税を納付する義務がない者

消費税の仕組み

前述のとおり消費税は間接税であるので、消費税を受け取った納税義務者が消費税を納税する。例えば、ある商品が製造され、消費者へ渡るまでに製造業者→卸売業者→小売業者→消費者の順を追うと仮定する。すなわち、製造業者は商品を製造し、卸売業者に売る。卸売業者はその商品を小売業者に売る。小売業者はその商品を消費者に売る。このように製造業者、卸売業者、及び小売業者の間では仕入と販売が繰り返される。仕入によって支払った額を支払総額、販売によって受け取った額を受取総額とする。

そして、それぞれの消費税の取扱いは次のようになる。

  製造業者→ 卸売業者→ 小売業者→ 消費者
売上 受取総額 5,500
(内訳)
売上        5,000
消費税       500
受取総額 7,700
(内訳)
売上        7,000
消費税       700  
受取総額 11,000
(内訳)
売上        10,000
消費税      1,000
販売なし
仕入 仕入なし 支払総額 5,500
(内訳)
仕入        5,000
消費税       500
支払総額 7,700
(内訳)
仕入        7,000
消費税       700
支払総額 11,000
(内訳)  
商品代金  10,000
消費税        1,000
納付税額 納付税額 500 納付税額 200(=700ー500)   納付税額 300(=1,000ー700)  納付税額合計 1,000(=500+200+300)

製造業者

まず、製造業者は仕入を行わず、卸売業者に商品を販売し、卸売業者から売上代金5,000とその消費税500を受け取る。よって、製造業者は卸売業者から受け取った消費税500を納税する。

卸売業者

次に、卸売業者は製造業者から商品を仕入れるので、製造業者に仕入代金5,000とその消費税500を支払う。また、小売業者に商品を販売し、小売業者から売上代金7,000とその消費税700を受け取る。卸売業者は小売業者から消費税700を受け取っているが、製造業者に消費税500を支払っている。そのため、卸売業者は700から500を控除した200を納税すれば足りる。

小売業者

さらに、小売業者は卸売業者から商品を仕入れるので、卸売業者に仕入代金7,000とその消費税700を支払う。また、消費者に商品を販売し、商品代金10,000とその消費税1,000を受け取る。小売業者は消費者から消費税1,000を受け取っているが、卸売業者に消費税700を支払っている。そのため、小売業者は1,000から700を控除した300を納税すれば足りる。

ここで、製造業者、卸売業者及び小売業者のそれぞれが納税した消費税の合計額は1,000となる。

消費者

最後に、消費者は小売業者に商品代金10,000とその消費税1,000を支払う。消費者が商品を販売しなければ、消費者が消費税を受け取ることはない。よって、この場合、消費者は消費税の納税義務を負わない。

また、消費者が支払った消費税額と、製造業者、卸売業者及び小売業者のそれぞれが納税した消費税の合計額は一致する。

以上が消費税の仕組みである。

仕入税額控除

課税事業者は納税する消費税を算定する際に仕入税額控除をしている。仕入税額控除とは、簡単にいうと売上の消費税額から仕入の消費税額を控除することである。前述の小売業者の例では、小売業者は消費者から消費税1,000を受け取るが、卸売業者に消費税700を支払っているので、小売業者が納税する消費税額は1,000から700を控除した300となる。そして、この700の控除が仕入税額控除である。仮に小売業者が仕入税額控除をしなければ、小売業者は消費者から受け取った消費税額である1,000を納税することになる。このように課税事業者は余分な消費税を納税しないために仕入税額控除を行う。

インボイス制度

適格請求書

インボイスとは適格請求書のことである。課税事業者が仕入税額控除をするためには適格請求書の発行を受ける必要がある。つまり、適格請求書とは仕入税額控除をするために要求される様式を備えた請求書である。このように課税事業者が仕入税額控除をするために適格請求書(インボイス)の発行を受ける制度をインボイス制度という。

前述の小売業者の例では、小売業者が仕入税額控除をするには卸売業者から適格請求書の発行を受けなければならない。他方、消費者は消費税を納税しないので、仕入税額控除を考慮することはない。よって、消費者が小売業者に適格請求書の発行を要求する実益はない。

適格請求書発行事業者

適格請求書を発行するには、適格請求書発行事業者の登録を受けなければならない。そして、この登録は課税事業者なければすることができない。

課税事業者の対応

課税事業者は適格請求書発行事業者の登録を受け、既存の請求書の様式を適格請求書の様式に変更するという事務作業が必要である。もっとも、課税事業者はもとより免税事業者より大きな事務負担を強いられており、多く場合顧問税理士がいる。そのため、インボイス制度により課税事業者は免税事業者ほどの影響を受けない。

免税事業者の対応

これに対し、免税事業者は課税事業者になるか否かの選択を迫られる。なぜなら、免税事業者が適格請求書発行事業者の登録を受けるには、その前提として課税事業者になる必要があるからである。そして、免税事業者が課税事業者になれば事務負担が大幅に増える。

益税

また、免税事業者が課税事業者になれば、益税がなくなるか減少するので、その分売上が減少する。

益税とは、消費税が納税されず、これを受け取った者の売上として計上される消費税である。例えば、免税事業者である卸売業者Aと課税事業者である小売業者Bがいたとする。AはBに商品を売り渡し、消費税700を受け取っても、それを納税する義務はない。そのため、商品代金7,000及び消費税700がそのままAの売上となる。そして、この消費税700を益税と呼ぶ。

このように免税事業者が課税事業者になれば事務負担が増える上に売上が減少するので、免税事業者が好んで課税事業者になることは基本的にない。

取引先からの要望

しかし、BはAから適格請求書の発行を受けなければ仕入税額控除を受けられないので、Aに対し適格請求書を発行するよう求める。そのため、AがBとの取引を継続するにはAは課税事業者になった上で適格請求書発行事業者の登録を受けざるを得ない。

もっとも、AがBに対し消費税を請求しなければBは仕入税額控除をする必要はなく、Aが適格請求書を発行しなくてもBに損はない。しかし、この場合にはAは請求しなくなった消費税分を値下げしたことになる。

どういうことかいうと、BはAからの仕入時に消費税700支払い、消費者に商品を売った際に消費税1,000を受け取る。ここで、AがBに適格請求書を発行できなければBは消費者から受け取った消費税1,000から、Aに支払った消費税700を控除できず、1,000を納税しなければならなくなる。

もっとも、AがBに対し、消費税700の請求をしなければBは1,000から仕入税額控除する消費税はなく、Aに適格請求書を発行してもらう必要はない。しかし、AがBに対し消費税700を請求しないことは、AがBに対して700の値引きをしたことを意味する。

よって、Aは適格請求書発行事業者の登録を受けなくても、消費税分を値引きすることでBの適格請求書の発行という要望の代替案を提案できる。

消費者の要望

これに対し、小売業者が消費者から適格請求書の発行を求められることは想定しづらい。なぜなら、消費者が仕入税額控除を考慮することは基本的にないからである。例えば、小売業者が免税事業者である場合には、適格請求書発行事業者の登録を迫られずに済む可能性が高い。

士業の対応

最後にインボイス制度の士業への影響について検討する。

課税事業者の士業

まず、課税事業者である士業の場合、前述のとおり課税事業者が適格請求書発行事業者の登録をすることは大きな負担とならない。また、課税事業者である士業の多くには顧問税理士がいるので、税務に関して士業が能動的に動く必要はなく、顧問税理士の指示通りに動けば足りる。よって、多くの課税事業者である士業は適格請求書発行事業者の登録をすることになると思われる。

免税事業者の士業

次に、免税事業者の場合、適格請求書発行事業者の登録をするかについては慎重な判断が必要である。なぜなら、適格請求書発行事業者の登録をすることは課税事業者になることを意味するからである。そこで、検討すべき選択肢は次の三つである。

  • 適格請求書発行事業者として登録する
  • 消費税を請求しない
  • 非対応

適格請求書発行事業者の登録

士業が課税事業者から仕事を受注している場合、適格請求書の発行を求められる可能性がある。また、適格請求書発行事業者の登録をしていれば、登録をしていない同業者との差別化を図れる。さらに、年間売上1,000万円以上を目指しているのであれば、課税事業者への移行は避けられないので、インボイス制度を機に課税事業者に移行することも選択肢としてある。

消費税を請求しない

また、取引先の課税事業者から適格請求書の発行を求められた場合でも、前述のとおり消費税分の値引きをすればこの課税事業者は仕入税額控除をしなくて済む。よって、理論上は課税事業者が適格請求書の発行を求める理由はない。

しかし、適格請求書の発行を求める取引先に対しこのような値引きを提案することで、この問題を解決できるかは疑問である。すなわち、士業の場合、仕入がなく、また、報酬相場はあるものの、報酬は各々の自由である。そのため、適格請求書の発行の代替案として消費税分の値引きをしても、その後にこの値引金額を税抜価格とする適格請求書の発行を要請される可能性は残る。

また、そもそも取引先がこのような説明をして士業の要求を受け入れてくれるかは疑問である。さらに士業は代替性がきくので、適格請求書を発行せず、代替案を提案する士業に仕事を発注しなくなる可能性がある。

非対応

そこで、インボイス制度に対して対応をしないのも一つの手である。例えば、仕入税額控除をしない顧客をメインにしていれば適格請求書の発行を要求されることは基本的にない。そのため、適格請求書発行事業者の登録をする必要性は低い。仕入税額控除をしない顧客とは例えば相続、債務整理、交通事故などの個人の顧客である。