不動産の時効取得と相続

不動産の時効取得

登記申請の方法

表題登記のない不動産

未登記の不動産(以下、「表題登記のない不動産」という。)を時効取得した場合は、

  1. 時効取得者を表題部所有者とする不動産の表題登記をする。
  2. 時効取得者(表題部所有者)を申請人とする所有権保存登記をする(不動産登記法74条1項1号)。

表題登記のある不動産

表題登記があり、かつ、所有権の登記がない不動産(以下、「表題登記のある不動産」という。)を時効取得した場合は、

  1. 表題部所有者(又はその相続人)を申請人とする所有権保存登記をする(不動産登記法74条1項1号)。
  2. 不動産の所有権登記名義人を登記義務者、時効取得者を登記権利者とする所有権移転登記をする(共同申請)。

MEMO
表題部所有者(又はその相続人)対し訴訟を提起し、「所有権を有することが確定判決によって確認された者」は、自己を所有権登記名義人とする所有権保存登記が可能である(不動産登記法74条1項2号)。

所有権の登記がある不動産

表題登記があり、かつ、所有権の登記がある不動産(以下、「所有権の登記がある不動産」という。)を時効取得した場合は、不動産の所有権登記名義人を登記義務者、時効取得者を登記権利者とする所有権移転登記をする(共同申請)。

但し、共同申請であるので、登記義務者につき相続登記や住所・氏名変更登記が必要な場合がある(詳細は後述する。)。

問題の所在

時効取得の性質

時効取得は原始取得と解されている。

原始取得であることを徹底すれば、時効取得の登記は常に表題登記及び所有権保存登記でされるべきである。

すなわち、前述の「表題登記のある不動産」や「所有権の登記がある不動産」を時効取得した場合の手続きは下記のようにするべきである。

  1. 「表題登記のある不動産」や「所有権の登記がある不動産」の登記記録を閉鎖する。
  2. 時効取得者を表題部所有者とする不動産の表題登記をする。
  3. 時効取得者(表題部所有者)を申請人とする所有権保存登記をする(不動産登記法74条1項1号)。

共同申請

他方、登記実務では前述のように「表題登記のある不動産」や「所有権の登記がある不動産」を時効取得した場合は、不動産の所有権登記名義人を登記義務者、時効取得者を登記権利者とする共同申請によってなされる(但し、例外として不動産登記法74条1項2号による方法がある。)。

すなわち、時効取得は不動産登記記録上、承継取得と同じ体裁で公示される。

MEMO
不動産登記実務では、登記名義人と時効取得者の共同申請の形式にすることで、元の不動産の登記記録を閉鎖せずに使い回している。

ひずみの発生

時効取得は実体法上は原始取得だが、不動産登記記録上は承継取得の体裁で公示される。

これにより、登記手続きをする際にそれに伴う論理的な矛盾点、言い換えれば「ひずみ」が生じる。

この「ひずみ」が、時効取得による所有権移転登記手続きに様々な場面で影響もたらし、手続きを複雑にしている。

登記原因

不動産の取得日

ところで、所有権移転の登記原因日付は通常、不動産の所有権の移転日を意味する。

登記原因日付の例は下記の通り。

  • 売買⇒所有権移転日 ※売買契約日とは限らない。
  • 相続⇒被相続人の死亡日
  • 協議離婚による財産分与⇒離婚日と協議成立日のいずれか遅い方
  • 時効取得⇒?

ここで、時効取得の場合、時効取得者に不動産の所有権が移転した日をいつにすべきかという疑問が湧く。

登記先例によれば、時効取得を登記原因とする所有権移転登記の原因日付は「占有を開始した日」である。

しかし、時効取得は原始取得だから、本来は所有権移転日を観念できないはずである。

原始取得の例
建物新築の場合、建築主が建物を原始取得すれば、建築主名義で表題登記及び所有権保存登記がなされるが、所有権保存登記に登記原因及び原因日付はない。

それにも関わらず、なぜ原始取得である時効取得において登記原因日付を定めなければならないのか。

これは前述の「ひずみ」から生じる問題である。

占有開始日

所有権保存登記以外の登記を申請する場合、登記原因及びその日付を定めなければならない(不動産登記令3条6号)。

また、「表題登記のある不動産」や「所有権の登記がある不動産」を時効取得した場合、前述したように所有権移転登記で申請しなければならない。

故に、原始取得である時効取得の場合も、無理矢理にでも原因日付定める必要がある。

そして、登記先例は、時効の効力が起算日にさかのぼる(民法144条)ことを理由に、登記原因の日付を占有開始日と便宜上定めているのである。

前提の登記

「表題登記のある不動産」や「所有権の登記がある不動産」を時効取得した場合は共同申請によってなされることから、時効取得の登記をする前提に下記の検討が必要となる。

  • 登記義務者の住所・氏名変更登記の有無
  • 登記名義人の相続登記の要否

これも「ひずみ」による影響である。

そして、時効取得では多くの場合、相続登記の要否が問題となる。

相続登記の要否を検討する前に、時効援用の性質についておさらいする。

時効援用の性質

総説

民法145条の時効の援用の性質に関する説を簡単に紹介する。

なお、これらのどの見解を採るかで、後述の相続登記の要否の結論がかわってくると考えられる(私見)。

確定効果説

時効の完成によって、時効の効果は発生する。

時効援用は訴訟法上の攻撃防除方法の提出(≒主要事実の主張)である。

不確定効果説

解除条件説

時効の完成によって、時効の効果は発生する。

しかし、それは不確定なものである。

そして、時効の利益の放棄を解除条件として時効の効果が遡及的に消滅する。

停止条件説

時効の完成によって、時効の効果は発生する。

しかし、それは不確定なものである。

そして、時効の援用を停止条件として時効の効果が確定的に生じる。

また、時効の利益の放棄により時効の効果が確定的に消滅する。

MEMO
不確定効果説は、時効援用の効果を実体法上の効果と捉える。

訴訟法説

時効援用の効果を訴訟法上の効果と捉える。

すなわち、時効の援用は法定証拠の提出を意味する。

法定証拠主義

法定証拠主義とは、事実認定をするための証拠が予め法で決まっていることである。

訴訟法説の立場だと、「時効の援用」という証拠によって、時効の事実を認定することになる。

MEMO
訴訟において時効の援用をする場合、確定効果説では「時効援用」=「事実の主張」であるのに対し、訴訟法説では「時効援用」=「証拠の提出」である。

時効取得する側の相続

総説

時効取得による所有権移転登記は共同申請でされるが、時効取得する側に相続が発生した場合、一旦被相続人名義で所有権移転登記するべきか、それとも、相続人にダイレクトに登記できるのかが問題となる。

なお、時効取得者名義で所有権保存登記が可能な場合は相続登記の要否は問題とならない(不動産登記法74条1項1号後段参照)。

被相続人のみの占有で時効完成する場合

被相続人の地位で時効援用

亡Aの占有のみで取得時効が完成していれば、亡A地位を相続したBは、その地位に基づいて時効援用できると考えられる。

この場合は、時効取得による亡A名義への所有権移転登記をし、さらに亡Aから相続人Bへの相続登記をする。

なお、亡Aが時効援用して死亡したときも同様である。

自己の地位で時効援用

亡Aの占有のみで時効が完成していても、Bは自己の占有と併せた上で、Bの地位に基づいて時効を援用できる(民法187条)。

この点、亡Aのみで取得時効が完成しているので、一旦亡A名義に所有権移転登記をすべきとも思える。

しかし、Bは亡Aの地位に基づいてではなく、自己の地位に基づいて時効援用をしているので、一旦亡A名義にする必要はないであろう(不確定効果説の停止条件説に親和的。)。

無論、一旦亡A名義にすることも可能であろう(確定効果説に親和的。)。

被相続人と自己の占有で時効完成する場合

亡Aの相続人Bは、自己の占有のみを主張してもよいし、亡Aの占有と自己の占有を併せて主張してもよい(民法187条)。

そして、亡Aの占有とBの占有を併せて主張する場合、取得時効により不動産を原始取得するのはBである。

よって、一旦亡A名義に登記することはできない。

時効取得される側の相続

総説

時効取得は原始取得であることを重視すれば、時効取得される側(=登記名義人)に相続が発生しても相続登記は不要と解すべきである。

一方で、時効取得が共同申請であることを重視すれば、売買や贈与の登記と同様に登記名義人の相続登記の要否の検討が必要である。

これらの「ひずみ」をうまく解消するために、 登記先例は相続登記の要否を「占有開始日」と「登記名義人の死亡日」を基準に判断している。

相続登記が必要な場合

占有開始より前に登記名義人が死亡していれば、その登記名義人つき相続登記が必要である。

相続登記が不要な場合

占有開始より後に登記名義人が死亡していれば、その登記名義人つき相続登記は不要である。