犯罪による収益の移転防止に関する法律と司法書士業務

犯罪による収益の移転防止に関する法律の概要

制度趣旨

犯罪による収益の移転防止に関する法律は犯罪収益の移転による次を防止するために制定された。

  • 組織的な犯罪を助長する。
  • 健全な経済活動に悪影響を与える。
  • 被害回復を困難にする。

法の規制を受ける事業者を特定事業者呼ぶ。司法書士は特定事業者である(法2条2項44号)。

司法書士の義務

犯罪による収益の移転防止に関する法律によって司法書士は次の義務を負う。

  1. 取引時確認
  2. 確認記録の作成・保存
  3. 取引記録等の作成・保存

なお、特定事業者の一部は、特定業務に係る取引について、犯罪による収益である疑いがあるかどうかなどを判断し、これらの疑いがあると認められる場合においては、速やかに、行政庁に届け出なければならない。

しかし、司法書士にはこの届出義務は無い(法8条1項)。

確認記録の作成・保存及び取引記録等の作成・保存は事務作業であるのに対し、取引時確認は取引相手と接する業務である。

そのため、取引時確認においてはやり直しがきかない場合があるので特に注意しなければならない。

取引時確認

取引時確認とは、特定取引を行うに際して顧客等について法4条1項各号の確認をすることである(4条6項)。

特定取引及び取引時確認において確認する事項は後述する。

確認記録の作成・保存

確認記録とは、取引時確認を行った場合に作成する記録である。

確認記録には、取引時確認に係る事項、当該取引時確認のためにとった措置その他の主務省令で定める事項を記録する(法6条1項)。

確認記録は七年間保存しなければならない(法6条2項)。

取引記録等の作成・保存

司法書士業務における取引記録等とは、特定受任行為の代理等を行った場合に作成する記録である。

取引記録等には、顧客等の確認記録を検索するための事項、当該特定受任行為の代理等を行った期日及び内容その他の主務省令で定める事項を記録する(法7条2項)。

取引記録等は七年間保存しなければならない(法7条3項)。

特定受任行為の代理等については後述する。

以上が犯罪による収益の移転防止に関する法律によって司法書士が負う義務であるが、これらを理解するには前提として同法の用語を理解する必要がある。

犯罪による収益の移転防止に関する法律の用語

顧客等

顧客等とは、顧客又はこれに準ずる者として政令で定める者をいう。

司法書士業務における顧客とは委任者や依頼者をいう。また、不動産登記業務における顧客とは委任者である登記権利者と登記義務者をいう。

また、依頼者が会社の場合には株式会社だけでなく、持分会社も顧客となる。

代表者等

代表者等とは、顧客である法人につき、「現に特定取引等の任に当たっている自然人」(法4条4項)をいう。例えば株式会社の代表取締役である。

「現に特定取引等の任に当たっている自然人」とは実際に依頼の交渉にあたっている者いう。

そのため、代表者等に該当するのは任意代理人や法定代理人に限られない。すなわち、実際に依頼の交渉にあたっている者が従業員であれば、その従業員も代表者等に該当する。

「現に特定取引等の任に当たっている自然人」であることの確認方法には不動産登記であれば登記にかかる業務権限証書の提示を受ける方法がある。

特定業務

特定業務とは、法別表(第四条関係)の上欄に掲げる特定事業者の区分に応じそれぞれ同表の中欄に定める業務である。

司法書士の場合、特定業務とは、特定受任行為の代理等を意味する。

特定受任行為の代理等

特定受任行為の代理等とは、司法書士法第三条若しくは第二十九条に定める業務又はこれらに付随し、若しくは関連する業務のうち、顧客のためにする次に掲げる行為又は手続(政令で定めるものを除く。)についての代理又は代行である(法別表(第四条関係))。

  1. 宅地又は建物の売買に関する行為又は手続
  2. 会社の設立又は合併に関する行為又は手続その他の政令で定める会社の組織、運営又は管理に関する行為又は手続(会社以外の法人、組合又は信託であって政令で定めるものに係るこれらに相当するものとして政令で定める行為又は手続を含む。)
  3. 現金、預金、有価証券その他の財産の管理又は処分(前二号に該当するものを除く。)

例えば宅地建物売買に基づく所有権移転登記申請や株式会社設立登記申請の代理である。

特定受任行為の代理等を行った場合には取引記録等の作成・保存義務が生じる。

特定取引

特定取引とは、特定受任行為の代理等を行うことを内容とする契約の締結その他の政令で定める取引である(法4条1項)。

例えば宅地建物売買に基づく所有権移転登記申請や株式会社設立登記申請の代理を受任することである。

特定取引をした場合、取引時確認をする義務及び確認記録の作成・保存義務が生じる。

特定取引等

特定取引等とは特定取引と法4条2項前段に規定する取引である。法4条2項前段に規定する取引とはいわゆるハイリスク取引である。

取引時確認の方法

取引時確認における確認事項は法4条1項各号に規定される。

ところで、法4条は和6年4月1日に改正された。改正前は打消し部分を確認することが義務付けられていた。

取引時確認とは本人特定事項を確認することである。本人特定事項とは次のものである。

顧客が自然人の場合

  • 氏名
  • 住居
  • 生年月日

顧客が法人の場合

  • 名称
  • 本店又は主たる事務所

また、顧客が法人の場合には顧客の代表者等である自然人についても下記を確認する。

  • 氏名
  • 住居
  • 生年月日

令和6年4月1日以降は取引時確認において次の事項を確認する。なお、確認事項は確認対象が自然人か法人かでが異なる。

顧客が自然人の場合

  • 本人特定事項(自然人の氏名、住居及び生年月日)
  • 取引を行う目的
  • 職業

顧客が法人の場合

  • 本人特定事項(法人の名称及び本店又は主たる事務所の所在地)
  • 取引を行う目的
  • 事業の内容
  • 事業経営を実質的に支配することが可能となる関係にあるものとして主務省令で定める者(実質的支配者)があるときにあっては、その者の本人特定事項

また、顧客が法人の場合には顧客の代表者等である自然人についても下記を確認する(法4条4項)。

  • 本人特定事項(自然人の氏名、住居及び生年月日)

なお、取引時確認により本人が実在性と本人の同一性を確認するとされている。

取引を行う目的

取引を行う目的の確認においては、司法書士へ依頼する目的だけでなく、依頼のきっかけも等も確認する。

例えば、売買による所有権移転登記手続きの依頼の場合、売主であれば「融資返済資金の調達」、「住み替え資金の調達」、買主であれば「居住用不動産の購入」、「事業用不動産の購入」が考えられる。

取引を行う目的を確認する際の具体的な確認項目は法定されていないので、司法書士において取引の内容等を踏まえて決める必要がある。

取引を行う目的は顧客等・代表者等から申告を受けて確認し、確認記録に記録する。

職業

職業の確認では日常従事する仕事を確認する。

職業を確認する際の具体的な確認項目は法定されていないので、司法書士において取引の内容等を踏まえて決める必要がある。

職業は顧客等から申告を受けて確認し、確認記録に記録する。

事業の内容

事業の内容の確認では法人・団体の目的を達成するためになされる行為全般を確認する。これは営利・非営利は問わない。

事業の内容を確認する際の具体的な確認項目は法定されていないので、司法書士において取引の内容等を踏まえて決める必要がある。

また、事業の内容全てを確認する必要がある。もっとも、営んでいる事業が多数である場合等は取引に関連する主たる事業のみを確認することも認められる。

さらに、法人・団体の主たる事業が取引に関連しない場合には、基本的には取引に関連する事業を確認することとなる。

事業の内容は代表者等から次のいずれかの書類を提示・送付などにより確認し、確認記録に記録する。ただし、確認書類の一部にはに有効期限がある。

  1. 定款(これに相当するものを含む。)
  2. 1に掲げるもののほか、法令の規定により当該法人が作成することとされている書類で、当該法人の事業の内容の記載があるもの
  3. 法人の設立の登記に係る登記事項証明書(当該法人が設立の登記をしていないときは、当該法人を所轄する行政機関の長の当該法人の事業の内容を証する書類)※6か月以内
  4. 3に掲げるもののほか、官公庁から発行され、又は発給された書類その他これに類するもので、法人の事業の内容の記載があるもの※有効期限がある場合には6か月以内、有効期限ない場合には確認時に有効なもの

外国に本店又は主たる事務所を有する法人についは別途上記の他にも確認できる書類がある。

実質的支配者

実質的支配者の本人特定事項においては誰が実質的支配者となるかの判断が必要である。ここではすべて書ききれないので概要を説明する。

実質的支配者とはざっくりいうと株式会社の場合はその25%を超える議決権を保有する自然人である。

もっとも、50%を超える議決権を有する自然人がいればこの者だけが実質的支配者となり、他の25%を超える議決権を保有する自然人は実質的支配者とならない(規則11条2項)。

また、資本多数決法人と資本多数決法人以外の法人では実質的支配者の決め方が異なる。

実質的支配者の本人特定事項の確認は代表者等から申告を受けて確認するが、法人税申告書別表二「同族会社の判定に関する明細書」による確認が望ましい。

確認後は確認記録に記録する。