目次
問題の所在
司法書士が登記受任をする際には登記申請者の意思確認と本人確認がセットで行われますが、意思確認と本人確認は異なるものです。
登記意思
そもそも登記申請とは申請人が登記所に対して自己の欲する登記をするよう求める意思表示です。そのため、申請人には意思能力が必要です。
また、登記申請を司法書士に依頼することは依頼者から司法書士に対する登記申請代理権付与の意思表示です。そのため、登記を受任した司法書士は委任者の意思能力の有無を確認しなければなりません。この確認を意思確認といいます。
そして、各都道府県司法書士会の規則には大概この意思確認を義務化する規定が置かれています。
本人確認
本人確認とは登記の委任者と登記申請人となるべき者の同一性を確認する過程です。
例えば、不動産売買契約にもとづく所有権移転登記を受任した場合に、委任状に記名押印した登記義務者と対象不動産の登記記録上の所有者が一致するかを確認する作業が本人確認です。
本人確認義務を規定した代表的な法令は犯罪収益移転防止法です。また、不動産登記法23条4項や、同24条も本人確認を規定しています。
不動産登記法
(事前通知等)
第二十三条 登記官は、申請人が前条に規定する申請をする場合において、同条ただし書の規定により登記識別情報を提供することができないときは、法務省令で定める方法により、同条に規定する登記義務者に対し、当該申請があった旨及び当該申請の内容が真実であると思料するときは法務省令で定める期間内に法務省令で定めるところによりその旨の申出をすべき旨を通知しなければならない。この場合において、登記官は、当該期間内にあっては、当該申出がない限り、当該申請に係る登記をすることができない。
2 登記官は、前項の登記の申請が所有権に関するものである場合において、同項の登記義務者の住所について変更の登記がされているときは、法務省令で定める場合を除き、同項の申請に基づいて登記をする前に、法務省令で定める方法により、同項の規定による通知のほか、当該登記義務者の登記記録上の前の住所にあてて、当該申請があった旨を通知しなければならない。
3 前二項の規定は、登記官が第二十五条(第十号を除く。)の規定により申請を却下すべき場合には、適用しない。
4 第一項の規定は、同項に規定する場合において、次の各号のいずれかに掲げるときは、適用しない。
一 当該申請が登記の申請の代理を業とすることができる代理人によってされた場合であって、登記官が当該代理人から法務省令で定めるところにより当該申請人が第一項の登記義務者であることを確認するために必要な情報の提供を受け、かつ、その内容を相当と認めるとき。
二 当該申請に係る申請情報(委任による代理人によって申請する場合にあっては、その権限を証する情報)を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録について、公証人(公証人法(明治四十一年法律第五十三号)第八条の規定により公証人の職務を行う法務事務官を含む。)から当該申請人が第一項の登記義務者であることを確認するために必要な認証がされ、かつ、登記官がその内容を相当と認めるとき。(登記官による本人確認)
第二十四条 登記官は、登記の申請があった場合において、申請人となるべき者以外の者が申請していると疑うに足りる相当な理由があると認めるときは、次条の規定により当該申請を却下すべき場合を除き、申請人又はその代表者若しくは代理人に対し、出頭を求め、質問をし、又は文書の提示その他必要な情報の提供を求める方法により、当該申請人の申請の権限の有無を調査しなければならない。
2 登記官は、前項に規定する申請人又はその代表者若しくは代理人が遠隔の地に居住しているとき、その他相当と認めるときは、他の登記所の登記官に同項の調査を嘱託することができる。
相違
意思確認と本人確認は通常同時になされますが、これらをそれぞれ厳密に理解しておかなければ各規制法令を誤って解釈することになりかねません。
そして、意思確認と本人確認は別のものですので、司法書士が依頼者に意思確認及び本人確認をすると、次のパターンが想定できます。なお、〇は確認ができたもの、×は確認ができていないものを意味します。
- 意思確認〇、本人確認〇
- 意思確認〇、本人確認×
- 意思確認×、本人確認〇
- 意思確認×、本人確認×
まず1のパターンでなければ登記を受任することはできません。
次に2のパターンですが、これは例えば地面師による成りすましの場合です。すなわち、不動産売買契約に基づく所有権移転登記において、売主たる登記義務者が登記記録上の所有者に成りすまして登記申請を委任する場合です。この場合には売主たる登記義務者と登記記録上の所有者が不一致ですので本人確認はできていません。これに対し、登記記録上の所有者に成りすました者には意思能力がありますので、意思確認はできています。
次に3のパターンですが、これが例えば売主が認知症の場合です。すなわち、売主たる登記義務者と登記記録上の所有者は一致していますので本人確認はできていますが、売主たる登記義務者に意思能力がありませんので、意思確認はできていません。
最後に4のパターンは売主たる登記義務者と登記記録上の所有者が不一致で本人確認ができておらず、かつ売主たる登記義務者に意思能力がなく意思確認もできていない場合です。このパターンは理論上はありえますが、実務で遭遇することは考えにくいです。
確認方法
意思確認
意思確認をする方法には司法書士が不動産登記事項証明書や売買契約を提示して登記対象を確認する方法があります。また、認知症によって判断能力に疑義が生じた場合には精神科医の診断書を確認する方法があります。
当事者に対しその生年月日などを訪ねることは主に本人確認のために行われますが、意思確認にも使用されます。
本人確認
本人確認をする方法には顔写真付きの本人確認書類の提示を求める方法があります。また、顔写真付きの本人確認書類がない場合には顔写真がない本人確認書類を複数提示してもらう方法があります。
また、不動産の売買であれば売主に対象不動産の取得経緯を聞いたり、生年月日を訪ねたりする方法があります。
このように意思確認の方法と本人確認の方法は厳密に区別できものではなく、多くの場合重複しています。よって、司法書士は意思確認と本人確認同時に行っています。
法人の意思確認と本人確認
意思確認と本人確認を混同していますと、確認の対象者が法人の場合に誤った理解をすることがあります。
意思確認
法人の意思確認をする場合に、法人の代表権を有する者に意思確認をできればよいですが、大きな法人ではこれができません。
そこで、不動産登記の担当者に意思確認をすることが多いです。そして、この場合には業務権限証書に担当者の住所氏名を記入し、会社実印を押印してもらうのが望ましいです。
なお、法人の意思確認をする際の不動産登記が犯罪による収益の移転防止に関する法律の対象取引であれば本人特定事項の確認が必要になるところ、そこで業務権限証書を受領することになります。
そのため、この場合には意思確認は本人確認とセットで行えますので意思確認をするのにとりわけ大きな負担はないでしょう。
本人確認
法人の本人確認をする場合も、法人の代表権を有する者に本人確認をできればよいですが、大きな法人ではこれができません。
そこで、意思確認と同様に業務権限証書を受領します。
また、法人の本人確認をする際の不動産登記が犯罪による収益の移転防止に関する法律の対象取引であれば、「法人」だけでなく、法人の「代表者等」に対しても本人確認をしなければなりません。
犯罪による収益の移転防止に関する法律の本人確認については下記の記事を参照ください。
「人・物・意思」の確認
司法書士の研修では「人・物・意思」の確認という格言を耳にしますが、この格言は意思確認と本人確認を混同させるものですので、使用すべきではありません。
人
人の確認とは成りすまし防止、すなわち本人確認に主眼をおいていると思われます。
物
物の確認とは登記申請対象の確認ですので、意思確認に主眼をおいていると思われます。
意思
意思の確認とはまさに意思確認です。
このように「人・物・意思」の確認という格言は意思確認と本人確認を混同させます。
意思確認と本人確認が混同されているのは登記受任において意思確認と本人確認両方の確認がとれなければ登記申請を受任できないからだと考えられます。
つまり、実務では意思確認と本人確認両方の確認がとれなければ登記を受任できない以上、これらを区別する実益が乏しいのです。