目次
遺言執行者
遺言を作成する際は遺言執行者の指定を検討することが多い。遺言内容が確実・迅速に実現されるためには遺言執行者の指定は必須である。
他方、遺言執行者には当然「遺言執行者としての義務」が生じる。この義務を履行するには多くの労力と知識が必要である。
そのため、推定相続人や受遺者などの専門家でない者を遺言執行者の指定することは悩ましい問題である。ここではこの問題について検討する。
指定
そもそも遺言執行者とは遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する者である。遺言者は遺言で遺言執行者で指定することできる。但し、遺言執行者に指定された者は当然に遺言執行者になるのではなく、その者が就任承諾することで遺言執行者になる。
なお、実務上遺言作成時に「遺言執行者に指定する者」に同意を得ることが多い。よって、遺言者の死亡後に「遺言執行者に指定する者」の就任承諾が問題となることは考えにくい。
また、未成年者及び破産者は、遺言執行者となることができない。
義務
遺言執行者は任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。
また、遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
さらに、遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いの下で相続財産の目録を作成し、又は公証人に相続財産の目録を作成させなければならない。
このように遺言執行者の任務は意外と多くかつ責任重大である。
実務では遺言執行者を推定相続人や受遺者を指定することが多いと思われるが、このような遺言執行者の義務を考慮すると、「遺言執行者をあえて指定しない」という選択肢も検討すべきかもしれない。
ここでは遺言執行者指定の必要性を不動産登記と預貯金債権相続の場面で検討する。
民法
(遺言執行者の指定)
第千六条 遺言者は、遺言で、一人又は数人の遺言執行者を指定し、又はその指定を第三者に委託することができる。
2 遺言執行者の指定の委託を受けた者は、遅滞なく、その指定をして、これを相続人に通知しなければならない。
3 遺言執行者の指定の委託を受けた者がその委託を辞そうとするときは、遅滞なくその旨を相続人に通知しなければならない。(遺言執行者の任務の開始)
第千七条 遺言執行者が就職を承諾したときは、直ちにその任務を行わなければならない。
2 遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。(遺言執行者の欠格事由)
第千九条 未成年者及び破産者は、遺言執行者となることができない。(遺言執行者の選任)
第千十条 遺言執行者がないとき、又はなくなったときは、家庭裁判所は、利害関係人の請求によって、これを選任することができる。(相続財産の目録の作成)
第千十一条 遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。
2 遺言執行者は、相続人の請求があるときは、その立会いをもって相続財産の目録を作成し、又は公証人にこれを作成させなければならない。(特定財産に関する遺言の執行)
第千十四条 前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。
2 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。
3 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。
4 前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
不動産登記と遺言執行者
推定相続人へ相続
「推定相続人へ不動産を相続させる」旨の遺言(いわゆる遺産分割の方法の指定)の場合、不動産を相続した相続人は遺言執行者の関与なく所有権移転登記(相続登記)を申請できる。
よって、この場合には遺言執行者を指定する必要性は低い。
なお、不動産を相続した相続人が登記を申請しない場合には遺言執行者はその相続人に代わって所有権移転登記を申請できる(民法1014条2項)。
推定相続人へ遺贈
「推定相続人へ不動産を遺贈する」旨の遺言の場合、不動産の受遺者と遺言執行者が共同で遺贈による所有権移転登記を申請する。
遺言執行者が指定されていない場合には不動産の受遺者と相続人全員が共同で遺贈による所有権移転登記を申請する。
よって、この場合には遺言執行者を指定する必要性が高い。
もっとも、この場合には前述の「推定相続人へ相続(遺産分割の方法の指定)」によって遺言を作成することが多いので、実務ではあまり問題とならないだろう。
なお、推定相続人全員へ、相続分を指定して包括遺贈する旨の遺言は遺贈ではなく、遺産分割の方法の指定と解されている。この場合は「推定相続人へ相続(遺産分割の方法の指定)」と同じパターンである。
推定相続人以外の者へ遺贈
「推定相続人以外の者へ不動産を遺贈する」旨の遺言の場合、不動産の受遺者と遺言執行者が共同で遺贈による所有権移転登記を申請する。
遺言執行者が指定されていない場合には不動産の受遺者と相続人全員が共同で遺贈による所有権移転登記を申請する。
よって、この場合には遺言執行者を指定する必要性が高い。
なお、受遺者と遺言執行者が同一であれば、登記権利者を受遺者、登記義務者を遺言執行者として所有権移転登記を申請することができる。
(特定財産に関する遺言の執行)第千十四条 前三条の規定は、遺言が相続財産のうち特定の財産に関する場合には、その財産についてのみ適用する。2 遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。3 前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。ただし、解約の申入れについては、その預貯金債権の全部が特定財産承継遺言の目的である場合に限る。4 前二項の規定にかかわらず、被相続人が遺言で別段の意思を表示したときは、その意思に従う。
預貯金相続と遺言執行者
推定相続人へ相続
預貯金債権につき「推定相続人へ不動産を相続させる」旨の遺言(いわゆる遺産分割の方法の指定)の場合、遺言執行者なく預貯金債権の相続手続きができるか否かは金融機関の判断に委ねられるだろう。
金融機関のWEBサイトには遺言執行者がいない場合には相続人全員の関与が必要である旨記載されているものがある。
この場合には遺言執行者を指定するか否かは難しい判断になる。
推定相続人へ遺贈
「推定相続人へ相続」の場合と同じ。
推定相続人以外の者へ遺贈
「推定相続人へ相続」の場合と同じ。
もっとも、推定相続人以外の者へ包括遺贈する場合には推定相続人がいないケースや、推定相続人が第三順位の相続人であるケースが多いだろう。
まず、推定相続人がいない場合にはそもそも遺言執行者から相続人への遺言内容の通知や財産目録の交付が不要となることがある。
次に、推定相続人が第三順位の相続人である場合には遺留分がないので、遺言執行者から相続人への遺言内容の通知や財産目録の交付の重要性は推定相続人が遺留分権者である場合に比べて落ちるだろう。