目次
贈与税
建物を増築リフォームする場合は贈与税回避のために建物の持分を変更する手続きを行うことがある。
すなわち、「建物所有者」と「増築リフォーム資金の負担者」が異なる場合には建物所有者は増築リフォーム資金の負担者に対し、建物の所有権の全部又は一部を譲渡する。
建物の付合
そもそも、建物に増築リフォームがなされた場合、建物所有者は増築リフォームにより建物に付合した材料の所有権を取得する(民法242条)。
また、建物の増築リフォームによって、建物登記の表題部に変更があればその変更登記をすることはできるが、増築リフォームによって発生した建物の価値の増加分を表題部又は権利部に直接的に反映させる登記はない。
そのため、建物所有者と増築リフォーム資金の負担者が異なる場合は、建物の持分を変更する手続き、すなわち、所有権移転又は所有権一部移転登記をする。なお、この登記の原因には「贈与」や「代物弁済」が用いられることが多い。
そして、増築リフォーム後にこの所有権移転又は所有権一部移転登記がなされないと増築リフォーム資金の負担者から建物所有者へ、増築リフォーム資金の金額分の贈与があったとみなされる。
民法
(不動産の付合)
第二百四十二条 不動産の所有者は、その不動産に従として付合した物の所有権を取得する。ただし、権原によってその物を附属させた他人の権利を妨げない。
建物の価格
そこで、建物の持分を変更する手続きを行うが、その際には建物の価額を把握する必要がある。建物の贈与税の計算では、建物の価額は受贈者が建物を取得したときの固定資産税評価額である。
また、建物の増築リフォーム後の建物の価額は増築リフォーム前の建物の固定資産税評価額に、増築リフォーム資金を加えた金額であると解される。
移転させる持分
そうすると、建物所有者と増築リフォーム資金の負担者が異なる場合に、増築リフォーム後に各々が所有すべき建物の持分は次のとおりである。
- 建物所有者の持分:(贈与時の建物の固定資産税評価額)/(贈与時の建物の固定資産税評価額)+(増築リフォーム資金の金額)
- 増築リフォーム資金の負担者:(増築リフォーム資金の金額)/(贈与時の建物の固定資産税評価額)+(増築リフォーム資金の金額)
ここからは具体例を用いて説明する。
事案
- 父が所有する建物(固定資産税評価額300万円)に、子が1,200万円の予算で増築リフォームする
この場合、建物の増築リフォーム後も建物の所有権が依然父のままであると、子から父へ1,200万円の贈与があったとみなされる。
そこで、建物の増築リフォーム後は建物の持分を次のとおりにする。
- 父:300万円/300万円+1,200万円=300/1500
- 子:1,200万円/300万円+1,200万円=1200/1500
このようにして建物の増築リフォーム後に子から父への利益移転を生じさせないようにする。
登記の原因
贈与税を回避するためにこのような建物の持分を変更する手続きをするが、ここで「登記の原因」は何かという問題が生じる。これに関しては実体を重視するならば登記の原因は「代物弁済」となるだろう。ただし、登記の原因を「贈与」としても問題は生じないと思われる。
不当利得返還請求権
ところで、父所有の建物に増築リフォームがなされ建物の価値が増加すると、子は父に対し不当利得返還請求権を有する。
すなわち、父は建物の価値増加という利益を受け、子は増築リフォーム資金の負担という「損失」を受け、これらに因果関係があり、かつ法律上の原因がない。
そして、子が父に対して有する不当利得返還請求権の金額は240万円である。理由は次のとおりである。
- 父は建物の増築リフォーム後に建物の持分300/1500を有する。
- 子の増築リフォームにより、建物全体に1,200万円分の価値が付加される。
- よって、増築リフォームにより、建物の持分300/1500に付加される価値は1,200万円×300/1500=240万円
代物弁済
これに対し、父は子に対する不当利得返還請求権の弁済として、建物の持分1200/1500を譲渡する。これが代物弁済である。
代物弁済した建物の価格は240万円である。理由は次のとおりである。
- 増築リフォーム前の建物全部の固定資産税評価額は300万円である。
- 代物弁済する建物の持分は1200/1500である。
- よって、代物弁済した建物の価格は300万円×1200/1500=240万円
譲渡所得税
このような父から子への代物弁済は、父が建物の持分1200/1500を、240万円で子へ譲渡したことを意味するから、譲渡所得税を考慮しなければならない。
すなわち、父が代物弁済によって得た譲渡収入は240万円であるから、父が代物弁済した建物の持分の取得費がこれを下回っていれば譲渡所得が発生したことになる。
また、譲渡所得税の検討においては、登記の原因が「代物弁済」か「贈与」を問わない。
なぜなら、譲渡所得税の発生の有無の判断材料は建物の譲渡収入と、建物の取得費であり、建物譲渡のきっかけとなった契約内容はそれほど重要ではないからだ。
住宅借入金等特別控除
また、子が増築リフォーム資金につき住宅ローンを利用する場合には併せて住宅借入金等特別控除の要件も具備しなければならない。
住宅借入金等特別控除とは住宅ローンの年末残高を基にして計算した金額を、所得税額から控除できる減税措置で、住宅ローン控除や住宅ローン減税と呼ばれる。
そして、住宅借入金等特別控除の要件の一つに「自己が所有し、かつ、自己の居住の用に供する家屋について行う増改築等であること」がある。
そのため、住宅借入金等特別控除を受けるためには建物の増築リフォームの請負契約前にその建物を所有していなければならない。
前述の建物の持分変更の手続きは建物の増築リフォーム完了後に行われる。なぜなら、この登記は父から子への不当利得返還請求債務の弁済に基づくものだからである。
そこで、贈与税を回避し、かつ住宅借入金等特別控除の要件を具備するには、建物の増築リフォームの請負契約前と、建物の増築リフォームの完了後の二回に分けて所有権移転登記がなされる。
すなわち、住宅借入金等特別控除の「自己が所有」するという要件を満たすために、建物の増築リフォームの請負契約前に建物の所有権の一部を父から子へ贈与する。この時贈与する持分は暦年贈与の控除額の範囲内でおさめる。
贈与税の申告
しかし、登記を二回に分けて申請するということは司法書士報酬も二件分必要である。そこで、次に所有権移転登記を一回で済ませる方法を紹介する。この方法は増築リフォーム前の建物を増築リフォームの資金負担割合を考慮して贈与する方法である。
すなわち、先ほどと同じ例において、建物の増築リフォームの請負契約前に父から子へ建物の所有権全部を贈与する。
そうすると、この贈与において発生するの贈与税の「基礎控除後の課税価格」は300万円-110万円=190万円、贈与税額は190万円×10%=19万円である。子はこの贈与について確定申告をして贈与税を納める。
贈与後、子は建物の所有権全部を所有してリフォーム予算1,300万円を負担するから、増築リフォーム資金につき、贈与税の問題は生じない。また、父から子へ代物弁済はなされていないから譲渡収入は発生せず、所得の問題は生じない。
この方法の欠点は贈与税が発生することである。この事例では贈与税が19万円生じる。そのため、この贈与税額と、登記を二回行う際の費用を検討することになるだろう。
なお、この方法は建物の増築リフォームの資金を父も負担する場合に便利である。
例をかえて検討する。
事案
- 父が所有する建物(固定資産税評価額300万円)に、父が400万円、子が800万円の予算で増築リフォームする
この場合には増築リフォームの請負契約前に建物の持分を次のように変更する。
父:400万円/400万円+800万円=400/1200
子:800万円/400万円+800万円=800/1200
すなわち、父から子へ建物の持分800/1200を贈与する。
そうするとこの贈与において発生するの贈与税の「基礎控除後の課税価格」は300万円×800/1200-110万円=90万円、贈与税額は90万円×10%=9万円である。子はこの贈与について確定申告をして贈与税を納める。
また、贈与後、父と子は各々建物の持分を所有してリフォーム予算1,200万円を各々負担割合に基づいて負担するから、増築リフォーム資金につき、贈与税の問題は生じない。また、父から子へ代物弁済はなされていないから譲渡収入は発生せず、所得の問題は生じない。
さらに、この場合には父から子へ贈与する持分は建物の所有権の内、800/1200にとどまるので贈与税は先ほどの例よりはかからない。
相続時精算課税
建物の固定資産税評価額が高額であれば贈与税に関して相続時精算課税を選択するのも手であろう。
確定申告
この方法では贈与税の申告・納税という負担を受贈者に強いることになる。しかし、住宅借入金等特別控除を利用するのであればいずれにしろ確定申告をするので、受贈者の負担はそれほど大きなものにはならないだろう。