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根抵当権の債務者相続
根抵当権の債務者に相続が発生し、かつ相続開始後も引き続き相続人との取引が継続する場合には根抵当権の元本確定を阻止する必要がある。この阻止するための登記が「指定債務者の合意の登記」である。
そして、「指定債務者の合意の登記」をするにはその前に「債務者相続による変更登記」をしなければならない。これが「債務者相続による変更登記」をする意味である。
試験勉強においては「債務者相続による変更登記」と「指定債務者の合意の登記」を知っていればよい。
しかし、実務ではこれに加えて「債権の範囲の変更登記」及び「債務者の変更登記」をする。
例えば根抵当権の債務者兼不動産の所有者Aに相続が発生し、Aの相続人が甲と乙とする。そして、甲が不動産の所有権を遺産分割で単独相続したとする。
ここで、甲及び乙はAの債務を承継しているが、実務ではこの場合、甲が乙の債務を免責的に引き受ける契約をする。その結果、甲が免責的に引き受けた債務も根抵当権で担保する必要が出てくる。
以上より申請すべき登記は次のとおりである。
- 「債務者相続による変更登記」
- 「指定債務者の合意の登記」
- 「債権の範囲の変更登記」
- 「債務者の変更登記」
上記につき、1ないし3までは感覚的に理解できるが、4の登記をする理由がわかりにくい。これらの登記について順番に解説する。
債務者相続による変更登記
「債務者相続による変更登記」は前述のとおり、「指定債務者の合意の登記」の前提となる。
なお、根抵当権の債務者Aに相続が発生し、相続人甲及び乙で相続債務を甲が承継する旨の遺産分割が成立しても共同相続人全員たる甲及び乙を債務者とする根抵当権変更登記をしなければならない。
なぜなら、「債務者相続による変更登記」は「指定債務者の合意の登記」の前提であるところ、遺産分割によって債務を承継する者と、指定債務者が同一になるとは限らないからである。
登記原因の事実又は法律行為
- 年月日、本件不動産に設定された根抵当権(年月日〇法務局受付第△号)の債務者Aが死亡し、相続が開始した。
- 債務者Aの相続人は甲及び乙である。
- よって、本件根抵当権の債務者は甲及び乙に変更された。
申請書
登記の目的 | 何番根抵当権変更 |
原因 | 年月日相続 |
変更後の事項 | 債務者(被相続人 A) 甲 乙 |
権利者 | 根抵当権者 |
義務者 | 根抵当権設定者 |
添付書類
- 登記原因証明情報
- 登記識別情報
- 印鑑証明書
- 代理権限証明情報
登記原因証明情報につき、戸籍謄本などの公文書でも、報告書形式の登記原因証明情報でも可。実務上は法定相続情報一覧図を添付することが多いと思われる。
指定債務者の合意の登記
「債務者相続による変更登記」の完了後は「指定債務者の合意の登記」を申請する。
これにより根抵当権の元本確定は阻止される。なお、根抵当権の元本が確定すると「指定債務者の合意の登記」、「債権の範囲の変更登記」及び「債務者の変更登記」が申請できなくなる。
元本が確定した場合の対応は下記の記事を参照。
登記原因の事実又は法律行為
- 年月日、本件不動産に設定された根抵当権(年月日〇法務局受付第△号)の債務者Aが死亡したことにより相続が開始し、甲及び乙が相続人となった。
- 年月日、甲及び乙は民法第398条の8の第2項の規定により甲を本件根抵当権の指定債務者とすることに合意した。
申請書
登記の目的 | 何番根抵当権変更 |
原因 | 年月日合意 |
指定債務者 | 甲 |
権利者 | 根抵当権者 |
義務者 | 根抵当権設定者 |
添付書類
- 登記原因証明情報
- 登記識別情報
- 印鑑証明書
- 代理権限証明情報
債権の範囲と債務者の変更登記
「債務者相続による変更登記」と「指定債務者の合意の登記」が完了した時点で根抵当権で担保される債権は次のものである。
- 甲が被相続人Aから承継した債務
- 乙が被相続人Aから承継した債務
- 相続開始後根抵当権者と指定債務者甲の取引などによって生じる債務
ここで、甲が、「乙が被相続人Aから承継した債務」を免責的に引き受けると、甲が引き受けた債務は根抵当権で担保されない。なぜなら、元本が確定していない根抵当権には随伴性がないからである。
そのため、根抵当権にこの債務引受にかかる債権を特定債権として取り込まなければならない。
そこで、「債権の範囲の変更登記」を申請する。具体的には次の特定債権を取り込む。
- 年月日債務引受(旧債務者乙)にかかる債権
ここで、「債務者相続による変更登記」と「指定債務者の合意の登記」が完了した時点では根抵当権の被担保債権を構成する要素である債務者は「指定債務者 甲」となっている。
「指定債務者 甲」では「相続の開始後に負担する債務」しか担保されない(民法398条の8第2項)。
そこで「債権の範囲の変更登記」に「債務者の変更登記」を抱き合わせる。すなわち、債務者を「指定債務者 甲」から「債務者 甲」へ変更する。
なお、最初にする「債務者相続による変更登記」の結果、付記登記で「債務者 甲 乙」となっているが、これはほぼ意味をなさない表記である。
また、債務者を「指定債務者 甲」から「債務者 甲」へ変更すると、「甲が被相続人Aから承継した債務」が根抵当権で担保されなくなる。そのため、「債権の範囲の変更登記」においては次の特定債権も取り込む。
- 年月日相続による甲の相続債務のうち変更前根抵当権の被担保債権の範囲に属するものにかかる債権
登記原因の事実又は法律行為
- 年月日、甲及び乙は本件根抵当権につき債権の範囲及び債務者を以下の通りに変更することに合意した。
債権の範囲
〇〇取引
年月日債務引受(旧債務者乙)にかかる債権
年月日相続による甲の相続債務のうち変更前根抵当権の被担保債権の範囲に属するものにかかる債権
債務者 甲 - よって、年月日、本件根抵当権は上記の通りに変更された。
申請書
登記の目的 | 何番根抵当権変更 |
原因 | 年月日変更 |
変更後の事項 |
債権の範囲 債務者 甲 |
権利者 | 根抵当権者 |
義務者 | 根抵当権設定者 |
添付書類
- 登記原因証明情報
- 登記識別情報
- 印鑑証明書
- 代理権限証明情報
根抵当権債務者の表示変更
商号変更
登記の目的 根抵当権変更
原 因 年月日商号変更
変更後の事項
債務者 本店 商号
権 利 者 根抵当権者
義 務 者 所有者
不動産の表示
対象登記の順位番号 〇番
商号のみの変更でも変更後の事項には本店を併記します。なぜなら、根抵当権の債務者の表記は被担保債権を確定するための重要な要素だからです。
これに対し、抵当権の債務者の商号変更に基づく抵当権変更登記の変更後の事項には本店の記載は不要です。
氏名変更
登記の目的 根抵当権変更
原 因 年月日氏名変更
変更後の事項
債務者 住所 氏名
権 利 者 根抵当権者
義 務 者 所有者
不動産の表示
対象登記の順位番号 〇番
氏名のみの変更でも変更後の事項には住所を併記します。
これに対し、抵当権の債務者の氏名変更に基づく抵当権変更登記の変更後の事項には住所の記載は不要です。
本店移転
登記の目的 根抵当権変更
原 因 年月日本店移転
変更後の事項
債務者 本店 商号
権 利 者 根抵当権者
義 務 者 所有者
不動産の表示
対象登記の順位番号 〇番
本店のみの変更でも変更後の事項には商号を併記します。なぜなら、根抵当権の債務者の表記は被担保債権を確定するための重要な要素だからです。
これに対し、抵当権の債務者の本店移転に基づく抵当権変更登記の変更後の事項には商号の記載は不要です。
住所移転
登記の目的 根抵当権変更
原 因 年月日住所移転
変更後の事項
債務者 住所 氏名
権 利 者 根抵当権者
義 務 者 所有者
不動産の表示
対象登記の順位番号 〇番
住所のみの変更でも変更後の事項には氏名を併記します。
これに対し、抵当権の債務者の住所移転に基づく抵当権変更登記の変更後の事項には氏名の記載は不要です。
添付書類
- 登記原因証明情報
- 登記識別情報
- 印鑑証明書
- 代理権限証明情報
- 会社法人等番号
原則通り、登記義務者の登記識別情報及び印鑑証明書が必要である。
これに対し、抵当権変更登記では登記義務者の印鑑証明書は不要である。
また、登記原因証明情報で株式会社の履歴事項証明書や、個人の住民票・戸籍抄本などの公文書を提供する。この場合の特例申請では登記原因証明情報のPDF添付を省略できる。
行政区画の変更
根抵当権の債務者の住所が移転した場合には住所移転のに基づく根抵当権変更登記を申請しなければ共同根抵当権設定(追加)登記を申請できない。
しかし、債務者の住所変更が、地番変更を伴わない行政区画の変更の場合には根抵当権変更登記は不要である。
抵当権の債務者の表示変更
登記の目的 抵当権変更
原 因 年月日氏名変更(商号変更)
変更後の事項
債務者の氏名(商号) 〇〇
権 利 者 抵当権者
義 務 者 所有者
不動産の表示
対象登記の順位番号 〇番
登記の目的 抵当権変更
原 因 年月日住所移転(本店移転)
変更後の事項
債務者の住所(本店) △△
権 利 者 抵当権者
義 務 者 抵当権設定者
不動産の表示
対象登記の順位番号 〇番
共同申請の例外で登記義務者の印鑑証明書は不要である。